東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)210号 判決
一 請求の原因一及び二は当事者間に争いがない。
二 取消事由(1)について
成立に争いのない乙第二、第三号証、証人北沢英夫の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、及び同証言によれば、特許庁では、審判官指名があると、その氏名が電算機に入力され、電算機からはその氏名を記載した審判請求人(代理人が選任されている場合は代理人)宛の葉書が出力されるとともに発送日が指定され、その発送日に右葉書が請求人又は代理人に発送されるのであるが、右葉書が転居先不明等の理由で返送された場合は改めて住所調査のうえ手書で葉書に審判官の氏名を記載してこれを請求人又は代理人に発送していること、本件では審判官として昭和六〇年五月一三日、岡安一男、野田明正、佐藤嘉明が指名され、電算機より出力された氏名通知用葉書が指定された発送日である同年五月二一日に発送されたものとして事務処理されていることが認められる。そして、右氏名通知用葉書が返送され、これに代る葉書が発送されたことをうかがうべき証拠がない以上、右事実により、本件審判の審判官氏名は原告(請求人)の代理人である斉藤秀守又は斉藤侑弁理士に到達しているものと推認できないことはない。
のみならず、本願が昭和五一年三月二日出願公開されたことは当事者間に争いがないので、原告は特許法一八六条により特許庁長官に対し本件審判記録の閲覧を請求できるのであり、前掲乙第三号証及び証人北沢英夫の証言によれば、審判記録には審判官が指名されれば、常にその氏名を記載した書類が編綴され、本件審判記録中にも前記三名の審判官の氏名が記載されていることが認められるから、原告は右記録の閲覧を請求することにより、いつでも指名された審判官の氏名を知ることができたものといえるのである。そして、かように審判記録を閲覧することにより審判官の氏名を知り得るものである以上、審判官氏名通知に関する同法施行規則四八条二項は、当事者に速やかに審判官の氏名を知らせることを目的とした訓示規定と解するのが相当である(大審院昭和五年(オ)第一九八号同年六月一八日判決参照)。そうであれば、仮に本件において審判官氏名通知を欠いたとしても、この一事をもつて右審判官による本件審決を違法とすることはできない。
三 取消事由(2)について
請求の原因三、2、(二)のように、特許庁長官が昭和五八年八月在外者の審判請求についての特許法四条による期間延長を従来の二か月から六〇日に変更することなどを内容とする本件決定をしてこの旨を弁理士会に通知し、同会は同年九月二〇日発行の会誌によりこれを弁理士に通知したことは当事者間に争いがない。
しかし、特許法四条による同法一二一条一項所定の期間の延長は特許庁長官が個々の事件につき在外者の便宜を考慮して延長すべきか否か及び延長期間をその裁量により定めるべきものであるから、従来これを一律に二か月延長する慣行であつたからといつて、これによつて二か月延長された期間内に拒絶査定不服の審判を請求できることが在外者の既得権となる理由はない。従つて、従来の慣行を改めて延長期間を六〇日とする方針を定めた本件決定及びこれに従つた処分が在外者の既得権を侵害することはあり得ないのであつて、このことは在外者が本件決定前既にその出願につき審査請求をしている場合についても同様である。従つて、本件決定が憲法二九条一項に違反することを前提とする原告の取消事由(2)の主張は採用の限りではない。
四 取消事由(3)について
本件のような審判請求の適否に関する事項は、特別な規定がなくても審判官において職権により審理しなければならないことは明らかであり、当事者においても当然にそのことを予想すべきものであるから、特許法一五三条一、二項の「当事者又は参加人が申し立てない理由」に該当しない。従つて、同条二項が本件に適用又は準用されると解すべき根拠はない。また、追完事由の存在を疑うべき事情が本件審判記録上明らかであつた旨の証拠はないので、特許庁が追完事由の存否につき審理せず、原告に対してこれにつき意見陳述の機会を与えなかつたとしても、これにより審決を違法なものとすることはできない。
従つて、原告の取消事由(3)の主張は理由がない。
五 取消事由(4)について
1 原告代理人弁理士斉藤秀守同斉藤侑事務所宛に送達された本件拒絶査定謄本に審判請求に関し、「本書に定める期間は特許法四条の規定により職権でこれを六〇日延長する。特許庁長官」とのゴム印(本件ゴム印)が押印されていたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第五号証の一、二成立に争いのない甲第二、第四号証、第六号証の一ないし三、第七号証、証人高橋剛の証言によれば、(1)本願については弁理士斉藤秀守、同斉藤侑が出願手続及び本件拒絶査定に対する審判請求について原告から委任されたこと、(2)斉藤侑弁理士は膀胱腫瘍のため昭和五八年九月二六日から同年一〇月二八日まで手術のため入院し、以後自宅療養を経て斉藤弁理士事務所において弁理士事務を執るかたわら通院治療を受けていること、(3)この間同年七月二八日斉藤侑弁理士の実弟林信夫が死亡し、同年一〇月二八日実父林儀助が死亡したこと、(4)斉蔵弁理士事務所では斉藤秀守が老令(明治三二年一〇月一日生)であるため、斉藤侑弁理士が中心となつて運営されており、外国人の特許、実用新案等の出願、審査請求、補正、審判請求等に関する書類の作成、特許庁への提出等の事務は事務員高橋剛が担当するものと定められていたこと、(4)斉藤弁理士事務所は昭和五八年一一月九日本件拒絶査定謄本の送達を受けた後、アメリカ合衆国の原告本人と連絡したところ審判請求の指示を受けたので、高橋事務員が審判請求書を作成し、昭和五九年二月八日これを特許庁に提出したこと、(5)ところで、本件拒絶査定謄本には前記のように審判請求に関し六〇日の期間延長を認める本件ゴム印が押捺され、また、前記のように、特許庁長官は昭和五八年一〇月一日以後の在外者の審判請求等についての特許法四条による期間延長を二か月から六〇日に変更し、その旨の本件決定を弁理士会に通知し、同会は各弁理士に同年九月二〇日発行の「お知らせ」によりその旨を通知したが、高橋は斉藤弁理士事務所に配布された右「お知らせ」を看過し、かつ本件拒絶査定謄本上に押捺された本件ゴム印を確認することなく、右拒絶査定についても従前どおり審判請求について二か月の期間延長が認められたものと誤信し、延長された六〇日の期間を一日徒過した昭和五九年二月八日に前記のように審判請求書を特許庁に提出したこと、(6)本件ゴム印は極めて鮮明に押捺されており、その内容を正確に読み取ることができ、一見しただけでも延長された期間は六〇日であつてこれを二か月と誤読する余地の全くないものであることが認められる。
2 前記1の(5)(6)の事実によれば、本件審判の請求が請求期間を一日徒過してなされたことは原告代理人斉藤秀守、斉藤侑両弁理士の補助者である高橋事務員の責に帰すべき事由によるものであることは明白である。
また、前記甲第四号証によれば、斉藤秀守弁理士に視力障害があることが認められるが、同弁理士が本件訴訟の訴訟代理人として昭和六一年四月二一日の第一回準備手続に出願し訴訟行為をしている事実に照らし、本件拒絶査定謄本を検討し高橋に対し審判請求について指示を与えることが可能であつたものということができる。更に、前記(2)のとおり斉藤侑弁理士は入院治療を受けた事実があつたが、斉藤弁理士事務所が本件拒絶査定謄本の送達を受けたのは退院後である昭和五八年一一月九日であり証人高橋剛の証言によれば、同弁理士は自宅療養中でも事務員から事件処理の相談を受けており、遅くも期間延長による本件審判の請求期間の満了以前には通院のかたわら事務所において執務していたことが認められるから、前記(3)の事実を考慮に入れても同弁理士も本件拒絶査定謄本を検討し高橋に対し審判請求について指示を与えることが可能であつたものということができる。そうであれば、前記期間徒過につき、原告代理人両名についても責に帰すべき事由があるものというべきである。
3 原告は各種の偶然の事情が重なつたとして追完事由の存在を主張するが、特許出願人の代理人又はその補助者は、その出願が拒絶された場合その拒絶査定謄本に記載された審判請求に関する延長期間を正確に認識したうえで所定期間内に審判請求をすべき注意義務があることはいうまでもない。そうであれば、既に認定した事実関係の下では、原告主張のような事情があるからといつて、本件において追完事由があるものと認めることは困難であるというほかない。
六 以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がないから、本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本件における手続の経緯および審決理由の要点は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「車輛誘導機構」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九七四年七月一六日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五〇年六月三〇日特許出願をし(昭和五一年三月二日出願公開)、昭和五七年五月七日審査請求をしたところ、昭和五八年一〇月六日拒絶査定を受け(特許法四条一項により同法一二一条一項所定の審判請求期間を六〇日延長)、その謄本は同年一一月九日原告代理人弁理士斉藤秀守同斉藤侑に送達された。原告がこれに対し昭和五九年二月八日審判請求をしたところ、特許庁は右請求を昭和五九年審判第一八八七号事件として審理したうえ、昭和六〇年六月二四日「本件審判請求を却下する。」との審決をし(出訴期間として九〇日を附加)、その謄本は同年七月二六日前記原告代理人に送達された。
なお、原告代理人に送達された本件拒絶査定謄本には、審判請求に関し、「本書に定める期間は特許法四条の規定により職権でこれを六〇日延長する。特許庁長官」とのゴム印(以下「本件ゴム印」という。)が押捺されていた。
二 審決の理由の要点
本願は昭和五八年一〇月六日拒絶査定を受け、その謄本は同年一一月九日原告(審判請求人である出願人)に送達された。
右拒絶査定に対する審判の請求は、昭和五九年二月七日まで(査定の謄本の送達があつた日から三〇日に職権で延長した六〇日を加えた期間)になされなければならないところ、本件審判の請求は昭和五九年二月八日になされているので、上記法定期間を経過した後の不適法な請求であり、その欠缺は補正することができないものであるから、本件審判の請求は特許法第一三五条の規定によりこれを却下すべきものとする。